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大阪・道頓堀の『グリコ5代目看板』が17日、最終日を迎え午後7時過ぎに最後の点灯がはじまった。今秋には新しい”6代目看板に生まれ変わる。

 同看板は、1935年(昭和10年)の登場以来、現在の5代目まで、約80年にわたり大阪市中央区道頓堀の名物となっており、2003年には「大阪市指定景観形成物」として認定。5代目は19987月から設置しており、この日16年の役割を終える。6代目の工事は今後はじまり、完成は秋頃を予定している。

『グリコ看板』これまでの歴史
 
▽初代(昭和10年~)

大阪道頓堀川、戎橋(えびすばし)のそばに初めてグリコのネオン塔が立ったのは1935年(昭和10年)。高さ33メートルを誇るネオン塔は、トレードマークのランナーとグリコの文字を6色に変化させ、同時に毎分19回点滅する花模様で彩ったもの。当時としては型破りのネオンで、一躍大阪ミナミの名物となった。

2代目(昭和30年~)

1943
年(昭和18年)、戦況が厳しくなり鉄材供出のため撤去される中、戦後の1955年(昭和30年)、2代目が再建。ネオン塔(高さ21.75メートル)は砲弾型の下部に特設ステージ(高さ5.26メートル)を持つユニークなもので、そこでは大きな人形のワニ君がピアノをひいたり、人形劇を演じたり、ロカビリー大会を催していた。

3代目(昭和38年~)

1963
年(昭和38年)には3代目にバトンタッチし、噴水ネオン塔に。12トンの水が、トレードマークの中心部にある150本の水車状のノズル(高さ18メートル、横8メートル)から噴き出し、12色のランプ400個がそれを照らして、きれいな虹の模様を描いた。落下した水はまたポンプで上のタンクに戻す仕掛けになっていた。

4代目(昭和47年~)

高さ17メートル、横10.85メートルで1972年(昭和47年)に建設。バックになっている陸上競技場のトラック部分を点滅させ、トレードマークのランナーに躍動感を持たせたネオンとなっていた。同ネオン塔は、日没から午後11時までネオンが点灯し、競技場の中央コースからゴールインするランナー姿が川面に映え、看板を背景に記念撮影するほどの名物看板になっていた。隣接するビル改装に伴い1996121日に消灯、その翌日から撤去となった。
 
5代目(平成10年~)

1998
年(平成10年)76日に4代目を撤去。その後、約2年半ぶりに再点灯された。陸上競技場のトラックを走るランナーの背景には、大阪を代表する4つの建物(大阪城、海遊館、大阪ドーム、通天閣)が描かれている。また、バックの情景の色が変化することで、朝、昼、夕焼けそして夜と、ランナーが大阪の街を一日かけて走っているような姿を表現していた。

 なお、看板に描かれているグリコのランナーは、1922年に創業時した江崎グリコの「栄養菓子グリコ」の創製時に、そのコンセプトに合致するものとして誕生。以来、企業理念「おいしさと健康」を表すシンボルマークとして、90年以上にわたり親しまれている。陸上選手がゴールインする瞬間の姿をモチーフにしており、商標としての正式名称はゴールインマークとなる。

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